プロローグ

淡く雪の舞う山中、一枚の紙が、風に乗ってひらひらと揺れている。

雪景色の中をたゆたうそれは、しかし少しずつその高度を下げ、そして、そっと積もる新雪に触れる。

雪と同じ色の紙の上に走る黒インク。ただそれだけが、この雪景色の中にこの紙が存在することを示している。

……しかし、いつか雪がそれを覆い隠し、じきにそれも見えなくなるだろう。

そして、雪が降りやむころには、インクはにじみ、この紙の上に書かれた文字を確認することは永遠にかなわない。

これは、誰の目にも留まることなく、このままこの世界から消え去るのみの一枚の紙。

……しかし、ある一頭の鹿が、その紙を覗き込んだ。

 その始まりの一文は こう記されている。

”私は、罪を犯した。”

冬、日本、とある県のとある山中。 木々は枯れ、まだ雪が降り積もるその場所に、鹿神館はあった。

この山には古くから鹿の神がいるとされ、それを信仰するため建てられたという鹿神館は、今は宿泊施設として細々とした運営を行っている。

秘境ゆえに、めったに人が訪れることはなかったが、社会から大きく隔絶されたその空間に惹かれた人たちが時たまに利用する。それが鹿神館であった。

そんな鹿神館に珍しく、一度に7人の宿泊者が訪れた。

大学生の友達同士で訪れたという 3 人。 

黒髪で特に目立つところが見受けられない 青年

金髪で目鼻立ちが整った男性 イケメン

黒い丸眼鏡と七三分けが妙に似合った男 眼鏡。

そして夫婦で観光に訪れたという1組の夫婦

どこか自信なさげに見える 30 代ぐらいの男性 夫

どこか儚げな印象を受ける同じく30代くらいの女性 妻

リフレッシュ目的で訪れたという帽子を深くかぶり、多少の無精ひげを生やした男性 猟師

サングラスとマスクをつけ、唯一、髪の色で彼の年齢が計れる男性 初老

そして、この鹿神館のオーナーである、常に鹿を模した仮面を身に着け、素顔を見せない男性、オーナー。

珍しいことに宿泊者が重なり、それぞれがそれぞれの良き日を過ごし、彼らはやがて日常に戻って、そしてまた、元の静かな鹿神館に戻るはずであった。

しかし、その日の夜、エントランスで大きな悲鳴が響き渡る。

宿泊者、そしてオーナーはその悲鳴を聞きつけ、エントランスに駆け付けた。

その場所には、ひと際大きく、光り輝く巨大な鹿が存在していた。

目を疑う異常なその光景。

そんなあなたたちをしり目に、鹿は、猛り狂った声音であなたたたちに問う。

「我の前に罪人を差し出せ!」